【質疑内容】
1 事実関係
(1) 令和X年2月1日に死亡した甲(以下、甲の死亡により開始した相続を「本件相続」といいます。)の相続人は、甲の母である乙のみです。
(2) 乙は、重度の認知症に罹患しており、甲が死亡した事実さえ理解できません。
なお、乙を成年被後見人として、成年後見人は選任されていません。
2 質疑事項
本件相続に係る相続税(以下「本件相続税」といいます。)の申告書については、乙が重度の認知症に罹患していることから、乙に代わり、甲の弟である丙が作成する予定です。
この場合、本件相続税の申告期限はいつになりますか。また、そもそも、丙が作成した本件相続税の申告書は有効なものですか。
【回答内容】
1 関係法令等
(1) 相続税法関係
イ 相続税法第27条《相続税の申告書》第1項は、相続又は遺贈により財産を取得した者は当該被相続人からこれらの事由により財産を取得した全ての者に係る相続税の課税価格の合計額がその遺産に係る基礎控除額を超える場合において、その者に係る相続税の課税価格に係る相続税額があるときは、その相続の開始があったことを知った日の翌日から10月以内に課税価格、相続税額その他財務省令で定める事項を記載した申告書を納税地の所轄税務署長に提出しなければならない旨規定しています。
ロ 相続税法第35条《更正及び決定の特則》第2項柱書及び同項第1号は、税務署長は、同法第27条第1項に規定する事由に該当する場合において、同条第1項に規定する者の被相続人が死亡した日の翌日から10月を経過したときは、申告書の提出期限前においても、その課税価格又は相続税額の更正又は決定をすることができる旨規定しています。
ヘ 相続税法基本通達(以下「相続税通達」といいます。)27-4《「相続の開始があったことを知った日」の意義》は、相続税法第27条第1項に規定する「相続の開始があったことを知った日」とは、自 己のために相続の開始があったことを知った日をいうのであるが、次に掲げる者については、次に掲げる日をいうものとして取り扱うものとする旨定め、その(7) は、相続開始の事実を知ることのできる弁識能力のない幼児等は、法定代理人がその相続の開始のあったことを知った日(相続開始の時に法定代理人がないときは、後見人の選任された日)いう旨定めています。
(2) 民法関係
民法第697条《事務管理》第1項は、義務なく他人のために事務の管理を始めた者(以下「管理者」といいます。)は、その事務の性質に従い、最も本人の利益に適合する 方法によって、その事務の管理(以下「事務管理」といいます。)をしなければならない旨規定し、同条第2項は、管理者は、本人の意思を知っているとき、又はこれを推知することができるときは、その意思に従って事務管理をしなければならない旨規定しています。
2 裁判例等
(1) 相続税法第27条第1項は、相続又は遺贈により財産を取得した者について、納付すべき相続税額があるときに相続税の申告書の提出義務が発生することを前提として、その申告書の提出期限を「その相続の開始があったことを知った日の翌日から10月以内」と規定しているものと解するのが相当です。上記の「その相続の開始があったことを知った日」とは、自己のために相続の開始があったことを知った日を意味し、意思無能力者については、法定代理人がその相続の開始のあったことを知った日がこれに当たり、相続開始の時に法定代理人がないときは後見人の選任された日がこれに当たると解すべきですが(相続税通達27-4の(7)参照)、意思無能力者であっても、納付すべき相続税額がある以上、法定代理人又は後見人の有無にかかわらず、申告書の提出義務は発生しているというべきであって、法定代理人又は後見人がないときは、その期限が到来しないというにすぎません。
また、相続税法第35条第2項第1号は、同法第27条第1項又は第2項に規定する事由に該当する場合において、当該相続の被相続人が死亡した日の翌日から10月を経過したときは、税務署長はその申告書の提出期限前でも相続税額の決定をすることができる旨規定しています。これは、相続税の申告書の提出期限が上記のとおり相続人等の認識に基づいて定まり、税務署長がこれを知ることは容易でないにもかかわらず、上記提出期限の翌日から更正、決定等の期間制限や徴収権の消滅時効に係る期間が起算されることを考慮し、税の適正な徴収という観点から、国税通則法第25条《決定》の特則として設けられたものです。このことに照らせば、相続税法第35条第2項第1号は、申告書の提出期限とかかわりなく、被相続人が死亡した日の翌日から10月を経過すれば税務署長は相続税額の決定をすることができる旨規定したものと解すべきであり、同号は、意思無能力者に対しても適用されるというべきです(参考:最高裁判所平成18年7月14日第二小法廷判決)。
(2) 納税申告は、私人の公法行為というべきものであり、原則として納税義務者本人が申告書を提出して行うこととされているから(国税通則法第17条《期限内申告》等)、納税義務者以外の者が、本人の承諾なく勝手に納税義務者の申告書を作成し提出した場合には、その納税申告は無効であると解されます。もっとも、納税義務者以外の者が申告書を作成し提出した場合であっても、その者が、納税義務者から明示又は黙示に当該申告行為をする権限を与えられている場合は、その納税申告は有効であると解されます(参考:国税不服審判所令和元年7月17日裁決)。
3 回答
(1) 本件相続税の申告書の提出期限について
上記2の(1)のとおり、相続税法第27条第1項に規定する「その相続の開始があったことを知った日の翌日から10月以内」とは、自己のために相続の開始があったことを知った日を意味し、意思無能力者については、法定代理人がその相続の開始のあったことを知った日がこれに当たり、相続開始の時に法定代理人がないときは後見人の選任された日がこれに当たると解すべきであり、意思無能力者であっても、納付すべき相続税額がある以上、法定代理人又は後見人の有無にかかわらず、申告書の提出義務は発生しているというべきであって、法定代理人又は後見人がないときは、その期限が到来しないというにすぎません。
したがって、本件相続税の申告書の提出期限は、乙の成年後見人が後見人の選任された日の翌日から10月以内となります。
(2) 本件相続税の申告書の有効性について
イ 納税申告は、私人の公法行為というべきものであり、原則として納税義務者本人が 申告書を提出して行うこととされているから、納税義務者以外の者が、本人の承諾なく勝手に納税義務者の申告書を作成し提出した場合には、その納税申告は無効であると解されるところ、認知症に罹患しているなど成年後見人が選任されていない意思無能力者である納税義務者に代わり、その家族等が当該意思無能力者の納税申告書を作成し提出している場合が多々見受けられるところであり、以下、当該納税申告書の有効性について検討します。
ロ 民法第697条は、事務管理について、上記1の(2)のとおり規定しているところ、事務管理は、①管理者が他人の事務管理を始めること、②管理者に事務管理意思(他人のためにする意思)のあること、③管理者に法律上の義務がないこと及び④管理行為が他人の利益ないし意思に適合することを成立要件としています。
意思無能力者の納税申告書の提出に当たり、事務管理の成立要件を検討すると、上記①ないし③の要件については、通常の場合、特に問題はなく当該要件を充足するものと考えられるところ、上記④の点について、相続税についていえば、意思無能力者であっても、納付すべき相続税額がある以上、法定代理人又は後見人の有無にかかわらず、申告書の提出義務は発生しており、被相続人が死亡した日の翌日から10月を経過したときは、税務署長はその申告書の提出期限前でも相続税額の決定をすることができることからすれば、当該意思無能力者に相続税の申告書の提出義務が発生していなかったということはできず、被相続人が死亡した日の翌日から10月の経過後において当該意思無能力者の相続税の申告書が提出されていなかった場合に、税務署長が相続税法第35条2項1号に基づいて意思無能力者の相続税額を決定することがなかったということもできないから、当該申告書の提出が意思無能力者の利益にかなうものではなかったということはできないため、上記④の成立要件も充足することとなります。
したがって、本件相続税の申告書の提出については、意思無能力者である乙のために事務管理が成立し、その効果は当該意思無能力者である乙に帰属するため、丙が乙に代わり作成する本件相続税の申告書は有効であるものと考えらます。
作成日:令和7年9月24日
