【質疑内容】
1 事実関係
(1) 令和X年4月1日に死亡した甲(以下、甲の死亡により開始した相続を「本件第1次相続」といいます。)の共同相続人は、甲の配偶者である乙及び甲の子である丙の2名です。
なお、甲には4,000万円の相続財産がありました。
(2) その後、本件第1次相続に係る遺産分割協議がされないまま、令和X年7月1日に、乙が死亡し相続が開始しました(以下、乙の死亡により開始した相続を「本件第2次相続」といいます。)。
なお、乙には3,000万円の相続財産がありました。
(3) 丙は、本件第1次相続に係る甲の相続財産について、いわゆる一人遺産分割(丙は、甲の相続人であるとともに、甲の相続人たる乙の相続人であり、その相続人たる地位が異なることから、相続人が一人であっても遺産分割をすることができるという考え方をいいます。)を行い、甲の相続財産の全てを丙が取得することを主な内容とする令和X年8月1日付の「遺産分割協議書」と題する書面(以下「本件遺産分割協議書」といいます。)を作成しました。
2 質疑事項
①甲の相続財産は4,000万円で、甲に係る相続税の基礎控除額4,200万円以下であること及び②乙の相続財産は3,000万円で、本件遺産分割協議書により甲の相続財産の全てを丙が取得したため、乙に係る相続税の基礎控除額3,600万円以下であることから、甲及び乙に係る相続税の申告はいずれも不要であると考えてよいですか。
【回答内容】
1 関係法令等
(1) 民法関係
イ 民法第882条《相続開始の原因》は、相続は、死亡によって開始する旨規定しています。
ロ 民法第896条《相続の一般的効力》本文は、相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する旨規定し、そのただし書は、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない旨規定しています。
ハ 民法第898条《共同相続の効力》第1項は、相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する旨規定しています。
ニ 民法第906条《遺産の分割の基準》は、遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする旨規定しています。
ホ 民法第907条《遺産の分割の協議又は審判》第1項は、共同相続人は、同法第908条《遺産の分割の方法の指定及び遺産の分割の禁止》第1項の規定により被相続人が遺言で禁じた場合又は同条第2項の規定により分割をしない旨の契約をした場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる旨規定し、同法第907条第2項本文は、遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は、その全部又は一部の分割を家庭裁判所に請求することができる旨規定しています。
(2) 相続税法関係
イ 相続税法第19条の2《配偶者に対する相続税額の軽減》第1項柱書は、被相続人の配偶者が当該被相続人からの相続又は遺贈により財産を取得した場合には、当該配偶者については、同条第1号に掲げる金額から第2号に掲げる金額を控除した残額があるときは、当該残額をもってその納付すべき相続税額とし、第1号に掲げる金額が第2号に掲げる金額以下であるときは、その納付すべき相続税額は、ないものとする旨規定しています(第1号及び第2号省略。以下、同条第1項の規定を「配偶者税額軽減」といいます。)。
ロ 相続税法第19条の2第2項本文は、同条第1項の相続又は遺贈に係る同法第27条《相続税の申告書》の規定による申告書の提出期限(以下「申告期限」といいます。)までに、当該相続又は遺贈により取得した財産の全部又は一部が共同相続人又は包括受遺者によってまだ分割されていない場合における配偶者税額軽減の適用については、その分割されていない財産は、同項第2号ロの課税価格の計算の基礎とされる財産に含まれないものとする旨規定し、そのただし書は、その分割されていない財産が申告期限から3以内(当該期間が経過するまでの間に当該財産が分割されなかったことにつき、当該相続又は遺贈に関し訴えの提起がされたことその他の政令で定めるやむを得ない事情がある場合において、政令で定めるところにより納税地の所轄税務署長の承認を受けたときは、当該財産の分割ができることとなった日として政令で定める日の翌日から4月以内)に分割された場合には、その分割された財産については、この限りでない旨規定しています。
ハ 相続税法第19条の2第3項は、配偶者税額軽減は、同法第27条の規定による申告書(当該申告書に係る期限後申告書及びこれらの申告書に係る修正申告書を含みます。)又は国税通則法第23条《更正の請求》第3項に規定する更正請求書に、配偶者税額軽減の適用を受ける旨及び相続税法第19条の2第1項各号に掲げる金額の計算に関する明細の記載をした書類その他の財務省令で定める書類の添付がある場合に限り、適用する旨規定しています。
ニ 相続税法第32条《更正の請求の特則》第1項柱書は、相続税について申告書を提出した者又は決定を受けた者は、同項各号のいずれかに該当する事由により当該申告又は決定に係る課税価格及び相続税額(当該申告書を提出した後又は当該決定を受けた後修正申告書の提出又は更正があった場合には、当該修正申告又は更正に係る課税価格及び相続税額)が過大となったときは、当該各号に規定する事由が生じたことを知った日の翌日から4月以内に限り、納税地の所轄税務署長に対し、その課税価格及び相続税額につき更正の請求(国税通則法第23条第1項の規定による更正の請求をいいます。)をすることができる旨規定し、相続税法第32条第1項第1号は、同法第55条の規定により分割されていない財産について民法(第904条の2《寄与分》を除きます。)の規定による相続分又は包括遺贈の割合に従って課税価格が計算されていた場合において、その後当該財産の分割が行われ、共同相続人又は包括受遺者が当該分割により取得した財産に係る課税価格が当該相続分又は包括遺贈の割合に従って計算された課税価格と異なることとなったことを、相続税法第32条第1項第8号は、同条第1号に該当する場合を除き、同法第19条の2第2項ただし書の規定に該当したことにより、同項の分割が行われた時以後において配偶者税額軽減を適用して計算した相続税額がその時前において配偶者税額軽減を適用して計算した相続税額と異なることとなったことをそれぞれ規定しています。
ホ 相続税法第55条本文は、相続若しくは包括遺贈により取得した財産に係る相続税について申告書を提出する場合又は当該財産に係る相続税について更正若しくは決定をする場合において、当該相続又は包括遺贈により取得した財産の全部又は一部が共同相続人又は包括受遺者によってまだ分割されていないときは、その分割されていない財産については、各共同相続人又は包括受遺者が民法(第904条の2を除きます。)の規定による相続分又は包括遺贈の割合に従って当該財産を取得したものとしてその課税価格を計算するものとする旨規定し、そのただし書は、その後において当該財産の分割があり、当該共同相続人又は包括受遺者が当該分割により取得した財産に係る課税価格が当該相続分又は包括遺贈の割合に従って計算された課税価格と異なることとなった場合においては、当該分割により取得した財産に係る課税価格を基礎として、納税義務者において申告書を提出し、若しくは相続税法第32条第1項に規定する更正の請求をし、又は税務署長において更正若しくは決定をすることを妨げない旨規定しています。
ヘ 相続税法基本通達(以下「相続税通達」といいます。)19の2-5《配偶者が財産の分割前に死亡している場合》は、相続又は遺贈により取得した財産の全部又は一部が共同相続人又は包括受遺者(以下「共同相続人等」といいます。)によって分割される前に、当該相続(以下「第1次相続」といいます。)に係る被相続人の配偶者が死亡した場合において、第1次相続により取得した財産の全部又は一部が、第1次相続に係る配偶者以外の共同相続人等及び当該配偶者の死亡に基づく相続に係る共同相続人等によって分割され、その分割により当該配偶者の取得した財産として確定させたものがあるときは、相続税法第19条の2第2項の規定の適用に当たっては、その財産は分割により当該配偶者が取得したものとして取り扱うことができる旨定めています。
ト 相続税通達19の2-8《分割の意義》本文は、相続税法第19条の2第2項に規定する「分割」とは、相続開始後において相続又は包括遺贈により取得した財産を現実に共同相続人又は包括受遺者に分属させることをいい、その分割の方法が現物分割、代償分割若しくは換価分割であるか、またその分割の手続が協議、調停若しくは審判による分割であるかを問わないのであるから留意する旨定めています。
(3) 租税特別措置法(以下「措置法」という。)関係
イ 措置法第69条の4《小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例》第1項は、個人が相続又は遺贈により取得した財産のうちに、当該相続の開始の直前において、当該相続若しくは遺贈に係る被相続人又は当該被相続人と生計を一にしていた当該被相続人の親族の事業の用又は居住の用に供されていた宅地等(土地又は土地の上に存する権利をいいます。)で財務省令で定める建物又は構築物の敷地の用に供されているもののうち政令で定めるもの(特定事業用宅地等、特定居住用宅地等、特定同族会社事業用宅地等及び貸付事業用宅地等に限ります。以下「特例対象宅地等」といいます。)がある場合には、当該相続又は遺贈により財産を取得した者に係る全ての特例対象宅地等のうち、当該個人が取得をした特例対象宅地等又はその一部でこの項の規定の適用を受けるものとして政令で定めるところにより選択をしたもの(以下「選択特例対象宅地等」といいます。)については、限度面積要件を満たす場合の当該選択特例対象宅地等(以下「小規模宅地等」といいます。)に限り、相続税法第11条の2《相続税の課税価格》に規定する相続税の課税価格に算入すべき価額は、当該小規模宅地等の価額に所定の割合を乗じて計算した金額とする旨規定しています(以下、措置法第69条の4第1項に規定する課税の特例を「小規模宅地等の特例」といいます。)。
ロ 措置法第69条の4第4項本文は、小規模宅地等の特例は、申告期限までに共同相続人又は包括受遺者によって分割されていない特例対象宅地等については、適用しない旨規定し、そのただし書は、その分割されていない特例対象宅地等が申告期限から3年以内(当該期間が経過するまでの間に当該特例対象宅地等が分割されなかったことにつき、当該相続又は遺贈に関し訴えの提起がされたことその他の政令で定めるやむを得ない事情がある場合において、政令で定めるところにより納税地の所轄税務署長の承認を受けたときは、当該特例対象宅地等の分割ができることとなった日として政令で定める日の翌日から4月以内)に分割された場合には、その分割された当該特例対象宅地等については、この限りでない旨規定しています。
ハ 措置法第69条の4第5項は、相続税法第32条第1項の規定は、措置法第69条の4第4項ただし書の場合について準用する旨規定しています。
なお、租税特別措置法施行令第40条の2《小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例》第26項の規定により、相続税法第32条第1項第8号を読み替えると、要旨、同条第1号に該当する場合を除き、措置法第69条の4第4項ただし書の規定に該当したことにより、同項に規定する分割が行われた時以後において小規模宅地等の特例を適用して計算した相続税額がその時前において小規模宅地等の特例を適用して計算した相続税額と異なることとなったこととなります。
ニ 措置法第69条の4第7項は、小規模宅地等の特例は、小規模宅地等の特例の適用を受けようとする者の当該相続又は遺贈に係る相続税法第27条の規定による申告書(これらの申告書に係る期限後申告書及びこれらの申告書に係る修正申告書を含みます。)に小規模宅地等の特例の適用を受けようとする旨を記載し、小規模宅地等の特例による計算に関する明細書その他の財務省令で定める書類の添付がある場合に限り、適用する旨規定しています。
ホ「租税特別措置法(相続税法の特例関係)の取扱いについて」(以下「措置法通達」といいます。)69の4-25《共同相続人等が特例対象宅地等の分割前に死亡している場合》は、相続又は遺贈により取得した特例対象宅地等の全部又は一部が共同相続人等によって分割される前に、第1次相続に係る共同相続人等のうちいずれかが死亡した場合において、第1次相続により取得した特例対象宅地等の全部又は一部が、当該死亡した者の共同相続人等及び第1次相続に係る当該死亡した者以外の共同相続人等によって分割され、その分割により当該死亡した者の取得した特例対象宅地等とし て確定させたものがあるときは、小規模宅地等の特例の適用に当たっては、その特例対象宅地等は分割により当該死亡した者が取得したものとして取り扱うことができる旨定めています。
2 裁判例等
(1) 分割の意義について
相続の開始とともに、相続財産は共同相続人の共同所有となりますが、この共同所有関係は遺産分割が行われるまでの過渡的な所有形態と把握されます。したがって、相続財産に属する個々の物又は権利ごとに、共同相続人の相続分に応じて、衡平かつ妥当に分配され、共同相続人の個人所有に移行されなければならず、これを総合的かつ包括的に行う手続が遺産分割です。
この遺産分割を経ることによって、相続財産に属する個々の物又は権利につき、各共同相続人のいずれに帰属するかが決定されることとなります。すなわち、遺産分割は、各共同相続人間で、相続財産を現実に各共同相続人に分属させる手続であり、相続法第19条の2第2項、同法第32条第1項第1号及び同法第55条等に規定する「分割」とは、相続開始後において相続又は包括遺贈により取得した財産を現実に共同相続人又は包括受遺者に分属させることをいい、その分割の方法が現物分割、代償分割若しくは換価分割であるか、またその分割の手続が協議、調停若しくは審判による分割であるかを問わないこととなります。
(2) 相続税通達19の2-5及び措置法通達69の4-25について
イ 配偶者に対する税額軽減額の計算の基礎とされる財産は、相続税法第19条の2第2項の規定により、原則として、申告期限から3年以内に分割されたものであることが要件とされているため、被相続人の配偶者が遺産の分割協議を行う前に死亡した場合には、厳密に解釈すれば、その配偶者は遺産分割によって財産を取得することは不可能となるが、これは、配偶者が遺産の分割確定により財産を取得した後に死亡した場合に比較すれば、著しく不公平な結果となります。
そこで、相続税通達19の2-5においては、遺産の分割協議においてその死亡した配偶者の取得財産を明確にしたときは、その財産は第1次的には配偶者が取得したものとして配偶者税額軽減を適用することに取り扱うこととしたものです。
ロ 小規模宅地等の特例の対象となる宅地等は、措置法第69条の4第4項の規定により、原則として、申告期限から3年以内に分割されたものであることが要件とされているため、被相続人の共同相続人等が遺産の分割協議を行う前に死亡した場合には、厳密に解釈すれば、第1次相続に係る遺産の分割協議が行われる前に死亡した被相続人の親族は遺産分割によって財産を取得することは不可能となるが、これは、親族が遺産の分割確定により事業用宅地等又は居住用宅地等を取得した後に死亡した場合に比較すれば、著しく不公平な結果となります。
そこで、措置法通達69の4-25は、その分割前に死亡した親族の共同相続人等及び第1次相続に係るその分割前に死亡した親族以外の共同相続人等によって被相続人に係る遺産の分割協議が行われ、その分割前に死亡した親族の取得した特例対象宅地等として確定させたものがあるときは、その特例対象宅地等はその分割前に死亡した親族が取得したものとして小規模宅地等の特例を適用することを明らかにしたものです。
ハ そして、相続税通達19の2-5及び措置法通達69の4-25は、いずれも共同相続人が複数存在することを前提としています。
(3) 東京地方裁判所平成26年3月13日判決及び東京高等裁判所平成26年9月30日判決
東京地方裁判所平成26年3月13日判決及び東京高等裁判所平成26年9月30日判決は、被相続人Aの遺産について遺産分割未了のまま他の相続人Bが死亡したから当該遺産全部を直接相続した旨を記載した遺産分割決定書と題する書面を添付してされた当該遺産に属する不動産に係る相続を原因とする所有権移転登記申請に対し、登記官が登記原因証明情報の提供がないとしてした却下決定について、要旨次のとおり適法と判断しています。
イ 民法は、相続が死亡によって開始し(同法882条)、相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継すること(同法896条)、さらに、相続人が数人あるときは、相続財産が共同相続人らの共有に属すること(同法898条)を規定しており、相続人が一人である場合において、当該相続人が、相続開始(被相続人の死亡)時に、被相続人の相続財産を承継するものと解するべきことは明らかである。
ロ そうである以上、原告は、第2次相続の開始(相続人Bの死亡)時において、相続人Bの遺産を取得しており、原告が、第2次相続の開始後、既に自己に帰属している相続人Bの遺産(被相続人Aの遺産に対する相続分)を、改めて自己に帰属させる旨の意思表示(遺産処分決定ないし遺産分割協議)を観念する余地はなく、原告の主張する遺産処分決定は法的には無意味なものといわざるを得ない。また、上記検討によれば、第2次相続の開始時に被相続人Aの遺産に係る遺産共有状態は解消されており、原告が、相続人Bの死亡後において、第1次相続における相続人Bの相続人としての地位と、原告固有の相続人としての地位を併有しているということができないことも明らかである。
3 回答
丙は、甲の相続人であるとともに、甲の相続人たる乙の相続人であり、その相続人たる地位が異なることから、相続人が一人であっても遺産分割をすることができるという考え方に基づき、いわゆる一人遺産分割を行い、本件遺産分割協議書を作成したところ、数次相続が生じた結果、相続人が一人であるときは、遺産分割を観念する余地はなく、本件遺産分割協議書は無意味なものと言わざるを得ません。
そうすると、甲の相続財産4,000万円は、乙及び丙の法定相続分各2分の1の割合で共有に属することから、乙に係る相続税の課税価格は、乙の相続財産3,000万円に甲の相続財産4,000万円の2分の1相当額2,000万円を加算した5,000万円となります。
したがって、①甲に係る相続税については、基礎控除額4,200万円以下であることから申告は不要ですが、②乙に係る相続税については、基礎控除額3,600万円を上回ることから申告をする必要があるものと考えられます。
作成日:令和7年9月24日
