【質疑内容】
1 事実関係
(1) 被相続人甲の共同相続人乙及び丙は、甲の相続財産に係る遺産分割協議を行い、甲の相続財産について、その全てを乙が相続することを主な内容とする遺産分割協議が成立しました。
(2) その後、乙及び丙は、両者の合意により上記(1)の遺産分割協議を解除し、甲の相続財産に係る再度の遺産分割協議を行い、甲の相続財産について、乙及び丙が各2分の1の割合で相続することを主な内容とする遺産分割協議が成立しました。
2 質疑事項
丙は、再度の遺産分割協議の成立により、甲の相続財産の2分の1に相当する価額について、乙から贈与を受けたものとして贈与税が課税されますか。
【回答内容】
1 関係法令
(1) 相続税法関係
イ 相続税法第2条の2《贈与税の課税財産の範囲》第1項は、同法第1条の4《贈与税の納税義務者》第1項第1号又は第2号の規定に該当する者については、その者が贈与により取得した財産の全部に対し、贈与税を課する旨規定しています。
ロ 相続税法第9条本文は、同法第5条《贈与により取得したものとみなす場合》から第8条まで及び同法第1章《総則》第3節《信託に関する特例》に規定する場合を除くほか、対価を支払わないで、又は著しく低い価額の対価で利益を受けた場合においては、当該利益を受けた時において、当該利益を受けた者が、当該利益を受けた時における当該利益の価額に相当する金額(対価の支払があつた場合には、その価額を控除した金額)を当該利益を受けさせた者から贈与(当該行為が遺言によりなされた場合には、遺贈)により取得したものとみなす旨規定しています。
ハ 相続税法第21条の2《贈与税の課税価格》第1項は、贈与により財産を取得した者がその年中における贈与による財産の取得について第1条の4《贈与税の納税義務者》第1項第1号又は第2号の規定に該当する者である場合においては、その者については、その年中において贈与により取得した財産の価額の合計額をもって、贈与税の課税価格とする旨規定しています。
(2) 相続税法基本通達(以下「相続税通達」といいます。)関係
相続税通達19の2-8《分割の意義》の本文は、相続税法第19条の2《配偶者に対する相続税額の軽減》第2項に規定する「分割」とは、相続開始後において相続又は包括遺贈により取得した財産を現実に共同相続人又は包括受遺者に分属させることをいい、その分割の方法が現物分割、代償分割若しくは換価分割であるか、またその分割の手続が協議、調停若しくは審判による分割であるかを問わないのであるから留意する旨定め、そのただし書は、当初の分割により共同相続人又は包括受遺者に分属した財産を分割のやり直しとして再配分した場合には、その再配分により取得した財産は、同項に規定する分割により取得したものとはならないのであるから留意する旨定めています。
2 裁判例等
(1) 最高裁判所平成元年2月9日第一小法廷判決
最高裁判所平成元年2月9日第一小法廷判決は、要旨、次のとおり判断しています。
共同相続人間において遺産分割協議が成立した場合に、相続人の1人が他の相続人に対して右協議において負担した債務を履行しないときであっても、他の相続人は民法541条によって右遺産分割協議を解除することができないと解するのが相当である。
(2) 最高裁判所平成2年9月27日第一小法廷判決
最高裁判所平成2年9月27日第一小法廷判決は、要旨、次のとおり判断しています。
共同相続人の全員が、既に成立している遺産分割協議の全部又は一部を合意により解除した上、改めて遺産分割協議をすることは、法律上、当然には妨げられるものではなく、上告人が主張する遺産分割協議の修正も、右のような共同相続人全員による遺産分割協議の合意解除と再分割協議を指すものと解されるから、原判決がこれを許されないものとして右主張自体を失当とした点は、法令の解釈を誤ったものといわざるを得ない。
(3) 東京高等裁判所平成12年1月26日判決
東京高等裁判所平成12年1月26日判決は、要旨、次のとおり判断しています。
共同相続人は、既に成立している遺産分割協議の全部又は一部を全員の合意によって解除した上、改めて分割協議を成立させることができる。
ところで、既に成立した遺産分割協議の全部又は一部の合意解除の成否は、意思表示の解釈に関する一般原則に従って判断すべきものであるから、明示的な解除の合意が認められる場合に限らず、当初及び再度の遺産分割協議の内容の相違、再度の遺産分割協議が行われるに至った原因、経緯、時期、目的、関係当事者の認識等の諸事情を総合して、再度の遺産分割協議が当初の遺産分割協議の全部又は一部の合意解除を前提として成立したものと認められる場合には、黙示的な合意解除が肯認され得るものというべきであり、他方、解除の合意と目すべき事実がある場合でも、右に掲げた諸事情に照らして、再度の分割協議が当初の分割協議によって帰属が確定した財産の移転を分割協議の名の下に移転するものと認められる場合には、その合意に基づく財産権の移転の効力を肯定することができるとしても、その原因を相続によるものということはできない。
(4) 国税不服審判所平成17年12月15日裁決
国税不服審判所平成17年12月15日裁決は、要旨、次のとおり判断しています。
遺産分割協議がいったん成立すると、相続開始時に遡って同協議に基づき相続人に分割した相続財産が確定的に帰属する。したがって、遺産分割協議をやり直して相続財産を再配分したとしても、当初の遺産分割協議に無効又は取り消し得べき原因がある場合等を除き、相続に基づき相続財産を取得したということはできない。そして、この場合、対価なく財産を取得したとすれば、贈与とみるほかはない。
3 回答
(1) 共同相続人間において遺産分割協議が成立した場合に、相続人の1人が他の相続人に対して当該遺産分割協議において負担した債務を履行しないとき、すなわち債務不履行を理由とするときは、当該遺産分割協議を解除することはできないものと解されますが、共同相続人の全員が、既に成立している遺産分割協議の全部又は一部を合意により解除した上、改めて遺産分割協議をすることは、法律上、当然には妨げられるものではない、すなわち、一度成立した遺産分割協議であっても,共同相続人全員の合意があれば,再度分割協議を行うことは許されるものと解されます。
(2) 相続税法は同法に固有の「相続」という概念を規定するものではなく、相続税法の適用においても「相続」の意義は民法における「相続」と同様の概念によるべきものであるため、当初の遺産分割協議及び再度の遺産分割協議の内容の相違、再度の遺産分割協議が行われるに至った原因、経緯、時期、目的、関係当事者の認識等の諸事情を総合して、当初の遺産分割協議が共同相続人全員の合意によって解除され、再度の遺産分割協議と認められる場合には、その原因は「相続」によるものと考えられます(この場合には贈与税の課税関係は生じません。)。
他方、上記の諸事情に照らして、再度の遺産分割協議が当初の遺産分割協議によって帰属が確定した財産の移転を遺産分割協議の名の下に移転するものと認められる場合には、その合意に基づく財産権の移転の効力を肯定することができるとしても、その原因を「相続」によるものということはできないものと考えられます(この場合には贈与税の課税関係が生じます。)。
なお、相続税の法定申告期限後に遺産分割協議の合意解除を無制限に許容するときは、租税法律関係に著しい不安定をもたらすことになるため、当初の遺産分割協議の合意解除及び再度の遺産分割協議の成否の認定判断に当たっては、その時期及びこれに至った理由、原因がその解釈において重視されるべきであるものと考えられます。
(3) 以上のことは、最高裁判所平成2年9月27日第一小法廷判決及び東京高等裁判所平成12年1月26日判決を基に検討したものです。
また、令和6年度版相続税法基本通達逐条解説の相続税通達19の2-8の解説には、「各人に帰属した財産を分割のやり直しとして再配分した場合には、一般的には、共同相続人間の自由な意思に基づく贈与又は交換等を意図して行われるものであることから、その意思に従って贈与又は交換等その態様に応じて贈与税又は所得税(譲渡所得等)の課税関係が生ずることとなる。もっとも、共同相続人間の意思に従いその態様に応じた課税を行う以上、当初の遺産分割協議後に生じたやむを得ない事情によって当該遺産分割協議が合意解除された場合などについては、合意解除に至った諸事情から贈与又は交換の有無について総合的に判断する必要がある。」と記載されています。
遺産分割協議の合意解除と再度の遺産分割協議を行う場合には、課税庁において、贈与等によるものと判断されるおそれがあることに留意して、慎重に検討すべきと考えます。
作成日:令和7年10月8日
