【質疑内容】
令和X年2月1日に死亡した甲(以下、甲の死亡により開始した相続を「本件相続」といいます。)の共同相続人は、いずれも甲の子である乙、丙及び丁の3名であるところ、丁は、令和X年6月1日に、自己の相続分の全部を乙に譲渡しました。
なお、本件相続に係る相続税の法定申告期限までに遺産分割協議が成立する見込みはありません。
本件相続に係る相続税の課税関係について説明してください。
【回答内容】
1 関係法令等
(1) 民法関係
民法第905条《相続分の取戻権》第1項は、共同相続人の一人が遺産の分割前にその相続分を第三者に譲り渡したときは、他の共同相続人は、その価額及び費用を償還して、その相続分を譲り受けることができる旨規定し、同条第2項は、同条第1項の権利は、1箇月以内に行使しなければならない旨規定しています。
(2) 相続税法関係
イ 相続税法第11条の2《相続税の課税価格》第1項は、相続又は遺贈により財産を取得した者が同法第1条の3《相続税の納税義務者》第1項第1号又は第2号の規定に該当する者である場合においては、その者については、当該相続又は遺贈により取得した財産の価額の合計額をもって、相続税の課税価格とする旨規定し、同法第11条の2第2項は、相続又は遺贈により財産を取得した者が同法第1条の3第1項第3号又は第4号の規定に該当する者である場合においては、その者については、当該相続又は遺贈により取得した財産でこの法律の施行地にあるものの価額の合計額をもって、相続税の課税価格とする旨規定しています。
ロ 相続税法第55条本文は、相続若しくは包括遺贈により取得した財産に係る相続税について申告書を提出する場合又は当該財産に係る相続税について更正若しくは決定をする場合において、当該相続又は包括遺贈により取得した財産の全部又は一部が共同相続人又は包括受遺者によってまだ分割されていないときは、その分割されていない財産については、各共同相続人又は包括受遺者が民法(第904条の2《寄与分》を除きます。)の規定による相続分又は包括遺贈の割合に従って当該財産を取得したものとしてその課税価格を計算するものとする旨規定し、そのただし書は、その後において当該財産の分割があり、当該共同相続人又は包括受遺者が当該分割により取得した財産に係る課税価格が当該相続分又は包括遺贈の割合に従って計算された課税価格と異なることとなった場合においては、当該分割により取得した財産に係る課税価格を基礎として、納税義務者において申告書を提出し、若しくは同法第32条第1項に規定する更正の請求をし、又は税務署長において更正若しくは決定をすることを妨げない旨規定しています。
ハ 相続税法基本通達55-1《「民法の規定による相続分」の意義》は、相続税法第55条本文に規定する「民法(第904条の2を除きます。)の規定による相続分」とは、民法第900条《法定相続分》から第902条《遺言による相続分の指定》まで及び第903条《特別受益者の相続分》に規定する相続分をいうのであるから留意する旨定めています。
2 裁判例等
(1) 相続分の譲渡の意義
最高裁判所平成13年7月10日第三小法廷判決は、「共同相続人間で相続分の譲渡がされたときは、積極財産と消極財産とを包括した遺産全体に対する譲渡人の割合的な持分が譲受人に移転し、譲受人は従前から有していた相続分と新たに取得した相続分とを合計した相続分を有する者として遺産分割に加わることとなり、分割が実行されれば、その結果に従って相続開始の時にさかのぼって被相続人からの直接的な権利移転が生ずることになる。このように、相続分の譲受人たる共同相続人の遺産分割前における地位は、持分割合の数値が異なるだけで、相続によって取得した地位と本質的に異なるものではない。そして、遺産分割がされるまでの間は、共同相続人がそれぞれの持分割合により相続財産を共有することになるところ、上記相続分の譲渡に伴って個々の相続財産についての共有持分の移転も生ずるものと解される。」と判断しています。
すなわち、相続分の譲渡とは、積極財産と消極財産とを包括した遺産全体に対する譲渡人の割合的な持分の譲受人に対する移転をいいます。
また、民法第905条第1項は、「共同相続人の一人が遺産の分割前にその相続分を第三者に譲り渡したときは」とのみ規定しているものの、共同相続人間での相続分の譲渡も可能であると解されています。
(2) 相続税法第55条に規定する民法の規定による相続分の意義
東京地方裁判所昭和62年10月26日判決は、相続分の譲渡がなされた場合の相続税法55条の適用について、「相続税法11、11条の2、32条、35条3項等の規定から考えると、同法は、各共同相続人が現実に取得した財産の価格に応じて相続税を課すことを原則(以下、「相続税の課税原則」という。)としているものと解される。そうすると、同条の規定するところは、前述の相続税の課税原則そのものではないが、未分割の遺産が存在することを前提とする限り、右原則に最も近似するものであって、基本的には、右原則と同様のものと評価することができる。以上述べたところに鑑みると、同条にいう相続分とは、民法900条ないし904条の規定により定まる相続分(以下、「法定等相続分」という。)のみをいうものではなく、共同相続人間で相続分の譲渡があった場合における当該譲渡の結果定まる相続分(譲渡人については法定等相続分から譲渡した相続分を控除したものを譲受人については法定等相続分に譲り受けた相続分を加えたもの)も含まれるものと解するのが相当である。」と判断しており、これを受けた東京高等裁判所平成元年8月30日判決も第一審を支持し、最高裁判所平成5年5月28日第三小法廷判決において、「相続税法55条本文にいう「相続分」には共同相続人間の譲渡に係る相続分が含まれるとした点を含め、正当として是認することができる。」と判断しています。
すなわち、相続税法第55条に規定する相続分には、民法第900条ないし第904条により定める相続分のみならず、共同相続人間で相続分の譲渡があった場合におけるその譲渡の結果で定まる相続分も含まれるものと解されています。
なお、この判決は、共同相続人間の譲渡に係る相続分のみが、相続税法第55条本文に規定する民法の規定による相続分に含まれると判断したものであり、第三者に対する相続分の譲渡の場合まで対象とするものではないことに留意してください。
(3) 共同相続人間における相続分の譲渡と「相続又は遺贈により取得した財産」
大阪地方裁判所令和4年4月14日判決は、「共同相続人間における相続分の譲渡は、譲渡人が相続によって取得した積極財産と消極財産とを包含した遺産全体に対する割合的な持分を、他の共同相続人に譲渡することをいい、これに伴い、譲渡人が有する個々の相続財産についての共有持分も譲受人に移転するものである。相続分の譲渡は、譲渡人と譲受人の合意のみによって行うことができ、相続人全員の合意を必要とせず、その効果は相続開始時に遡及せず、相続分の譲渡の時に生ずるなど、遺産分割とはその内容性質を異にするものではあるが、譲渡の対象となる相続分は譲渡人が相続によって取得したものであり、譲渡人が相続分の譲渡によって受領する金員は、代償分割における代償金と経済的に異なるところはなく、自己の相続権に基因して取得した財産であるといえる。したがって、共同相続人間における相続分の譲渡に伴って譲渡人が取得した金員は、相続税法11条の2第1項の「相続又は遺贈により取得した財産」に当たるというべきである。」と判断しており、これを受けた大阪高等裁判所令和4年12月2日判決も第一審を支持しています。
3 回答
(1) 相続分が無償で譲渡された場合
相続税の課税価格は、原則として、相続分の譲渡が行われた後の相続分に従って計算することとなるため、相続分が無償で譲渡された場合における相続税の申告に当たっては、相続分を譲渡した相続人については法定等相続分から譲渡した相続分を控除したものに、相続分を譲り受けた譲受人については法定等相続分に譲り受けた相続分を加えたものに基づきその課税価格を計算することが相当であると考えられます。
したがって、例えば、相続財産の総額が600,000,000円の場合(債務及び葬式費用の金額等はないものとします。)、乙、丙及び丁の課税価格は、次のとおりとなります。
乙の課税価格=400,000,000円(600,000,000円×(1/3+1/3))
丙の課税価格=200,000,000円(600,000,000円×1/3)
丁の課税価格= 0円
(2) 相続分が有償で譲渡された場合
相続分を譲渡した相続人が当該譲渡によって受領する金員は、代償分割における代償金と経済的に異なるところはなく、自己の相続権に基因して取得した財産であるといえることから、共同相続人間における相続分の譲渡に伴って譲渡人が取得した金員は、相続税法第11条の2第1項の「相続又は遺贈により取得した財産」に当たると解されています。
したがって、例えば、相続財産の総額が600,000,000円で(債務及び葬式費用の金額等はないものとします。)、丁が自己の相続分の全部を乙に100,000,000で譲渡した場合、乙、丙及び丁の課税価格は、次のとおりとなります。
乙の課税価格は=300,000,000円(600,000,000円×(1/3+1/3)-100,000,000円)
丙の課税価格は=200,000,000円(600,000,000円×1/3)
丁の課税価格は=100,000,000円
作成日:令和7年9月24日
